記憶半分、ガム一枚

あれは一年ほど前の事だったか。いや、それ以上前だったかもしれない。

私は児童公園の一角に据え付けられた石の椅子に腰掛けて、ブランコ遊びに興じる女児たちを眺めていた。5歳から8歳の子供が3,4人程度集まっている。やがて年長と見られる少女が懐からガムを取り出し、皆に配る。それを私の傍で見ていたのは、5,6歳ほどの一人の男児である。
「あいつら、なんでガムくってんの?」
それは近くの私に言った言葉ではないだろう。だが、私は胸を突かれた。無意識にポケットをまさぐると、一枚のガムが手に触れた。
「大人用の辛いやつだけど、食う?」
男児は無言で受け取り、噛んだ。そしてそのまま公園から去っていった。
私はまた女児たちの様子を見るともなく見ていたが、その横顔に声がかけられた。振り向いた私が見た声の主は三十台後半と見える女性であった。先ほどの男児を連れている。彼女の二声目は
「ありがとうございました」
という事は、恐らく男児の母なのであろう。そして、ラジコンだろうか、彼女は手に持っていたブリスターパック入りのミニカーを私に差し出すと
「よくわからないから」
という。二言三言言葉を交わしての様子から、どうやら日本語が不自由なのだとわかった。厚紙に書かれた説明文が分からないから教えて欲しいというのだろうか。しかし、玩具の構造についてかかれた専門用語を平易な日本語に直すのは難しい。それでもなんとか分かりやすい日本語で教えながら、ラジコンの様なものを彼女に返した。が、彼女はそれを受け取ろうとしない。
「あげます。よくわからないから」
ああ、と思った。これはガムのお礼なのだ。よくわからない、というのも本当なのだろうが。ガムのお礼には過ぎると思ったが、
「ありがとうございます」
とラジコンの様なもの受け取った。私は後日、それを知り合いの子に与えた。

働いてお金を貰って、お金を払って焼肉を食べてついでにガムを貰って、ガムをあげてラジコンの様なものを貰ってまたあげた。だが、ラジコンの様なものの代わりには何も貰っていない。
いや、色々と貰ってはいるのだろう。ラジコンの様なものはまったく関係ないだろうけれど。